呼子と口笛

ココアのひと匙

われは知る、テロリストの
かなしき心を―
言葉とおこなひとを分ちがたき
ただひとつの心を、
奪はれたる言葉のかはりに
おこなひをもて語らむとする心を、
われとわがからだを敵にげつくる心を―
しかして、そは真面目まじめにして熱心なる人の常につかなしみなり。

はてしなき議論の後の
めたるココアのひとさじすすりて、
そのうすにがき舌触したざはりに、
われは知る、テロリストの
かなしき、かなしき心を。

はてしなき議論の後

われらのつ読み、且つ議論をたたかはすこと、
しかしてわれらの眼の輝けること、
五十年前の露西亜ロシヤの青年に劣らず。
われらは何をすべきかを議論す。
されど、誰一人、握りしめたるこぶしに卓をたたきて、
‘V NAROD!’と叫びづるものなし。

われらはわれらの求むるものの何なるかを知る、
また、民衆の求むるものの何なるかを知る、
しかして、我等の何を為すべきかを知る。
実に五十年前の露西亜の青年よりも多く知れり。
されど、誰一人、握りしめたる拳に卓をたたきて、
‘V NAROD!’と叫び出づるものなし。

此処にあつまれるものは皆青年なり、
常に世に新らしきものを作りだす青年なり。
われらは老人の早く死に、しかしてわれらの遂に勝つべきを知る。
見よ、われらの眼の輝けるを、またその議論の激しきを。
されど、誰一人、握りしめたる拳に卓をたたきて、
‘V NAROD!’と叫び出づるものなし。

ああ、蝋燭らふそくはすでに三度も取り代へられ、
飲料のみものの茶碗には小さき羽虫の死骸浮び、
若き婦人の熱心に変りはなけれど、
その眼には、はてしなき議論の後の疲れあり。
されど、なほ、誰一人、握りしめたる拳に卓をたたきて、
‘V NAROD!’と叫び出づるものなし。